逸見政孝さんのガンのステージは?

逸見政孝さんの弟もまた、胃癌でこの世を去っていました。

 

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逸見政孝の経歴プロフィール

画像引用:https://www.oricon.co.jp/news/2117331/

 

本名:逸見政孝(いつみまさたか)

愛称:いっつみい

生年月日:1945年2月16日-1993年12月25日没

出身地:大阪府大阪市阿倍野区出身

身長:176cm

血液型:B型

最終学歴:早稲田大学第一文学部

 

所属事務所:オフィスいっつみい(現在、オフィスいつみ)

職業:日本のフリーアナウンサー・タレント・俳優・司会者・ニュースキャスター(元フジテレビアナウンサー)

 

出演代表番組:

「クイズ世界はSHOW by ショーバイ‼︎」

「たけし・逸見の平成教育委員会」など

 

妻:逸見晴恵

長男:逸見太郎(現在、俳優・タレント・司会者)

長女:逸見愛(現在、女優・タレント・レポーター)

 

 

逸見政孝さんは、早稲田大学在学中にはアナウンス研究会に所属していました。

 

出身地が大阪であったために、関西弁を話していましたが、標準語のアクセントに直し、標準語を徹底的に覚える努力をしました。

ラジオとテープレコーダーを購入し、ラジオではアナウンサーの声を聞いて覚えるようにしていました。

テープレコーダーでは新聞紙の記事を読む自分の声を録音し、アクセント辞典を見ながら録音した自分の声をチェックし、間違ったアクセントで発音した語句はペンでマークする、ということを覚えるまで繰り返していました。

日常生活でも標準語に直していたようです。

 

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逸見政孝のガンの種類

スキルス胃癌

 

逸見政孝とがんについて

逸見政孝さんの2歳年下の実弟が、1979年に胃癌の中でも最も予後の悪い「スキルス胃癌」だと発覚しました。

若く未来のある弟本人には告知することができないまま、半年間の闘病の末、1980年3月22日に31歳の若さで他界してしまいます。

そんなことがあったため、逸見政孝本人は人一倍健康に気をつけ、癌にも気をつけていたのです。

 

年に一回の健康診断をかかすことなく受けていましたが、弟の死去から13年後の1993年に同じ「スキルス胃癌」で他界してしまうのでした。

 

1970年代後半頃から糖尿病を発症していました。

酒類は全く飲めませんでしたが、ヘビースモーカーでコーラと甘味類が大好きでした。

運動不足解消のためにゴルフを始めて、食事制限もすることで血糖値は正常に戻しました。

弟のこともあり、タバコもキッパリやめたのですが、亡くなるまで糖尿病は治らないままでした。

 

 

1988年の秋に本番前の控え室で突然倒れました。

この時は1週間近く入院することなりました。

 

1989年の年末には腰痛が悪化します。

ついには歩けないほどになり、1990年の1月1日から10日間ほど入院しました。

 

しかし、過労による腰痛、という診断でした。

その後、みぞおちに痛みを感じ、前田外科病院を受診。

 

 

1993年1月18日に初めて「胃に初期の癌細胞が発見されました」という診断を受けます。

逸見政孝さん本人には、初期ステージだと伝えられたそうですが、実際は腹膜にまで転移していました。

しかし、そのことは本人には告げられず、家族にだけ事実が伝えられました。

 

 

一週間後の1月25日に入院し、手術を受けました。

 

退院して抗がん剤治療をしましたが、再発。

 

1993年12月25日に48歳という若さで他界してしまいました。