俳優として活躍した蟹江敬三さん。

2014年3月30日に胃がんのため亡くなられました。

闘病生活や晩年についてまとめました。

 

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蟹江敬三の経歴プロフィール

蟹江敬三
画像:https://www.oricon.co.jp/news/2036062/photo/

 

名前:蟹江敬三(かにえ けいぞう)

生年月日:1944年10月28日

出生地:東京都江戸川区

身長:172cm

血液型:A型

出身校:東京都立新宿高校

 

蟹江敬三さんは、日本屈指の個性派俳優として知られていた人です。

高校在学中に舞台に立ったことがきっかけとなって、俳優を目指すことになります。

 

 

卒業後、劇団青排に入団し、1968年に演出家の蜷川幸雄さんが立ち上げをした現代人劇場へ移籍をします。

1972年には蜷川さんらとともに新しい劇団を立ち上げます。

俳優としての基礎を築いていき、多くの作品に出演しました。

 

 

初期の頃は、Gメン’75の望月源治役に代表される悪役が印象的でした。

 

同じような悪役を演じることが多かったですが、熱中時代第2シリーズで巡査役のいい人を演じたことがきっかけとなり、どのような役柄でも演じられるカメレオン俳優に変貌していきます。

 

 

NHKの大河ドラマにも多数出演しており、最近で印象的なものとしては、NHK連続テレビ小説あまちゃんでの主役のおじいちゃん役です。

 

若い年代の人も蟹江さんを知る大きなきっかけとなりました。

また、俳優としてだけではなくて、経済ドキュメンタリー番組のガイアの夜明けのナレーションを長年務めていました。

声の良さが際立つ素敵なナレーションです。

私生活でも二人の子供がいて、二人とも俳優や女優の活動をしています。

 

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蟹江敬三のガンの種類

胃癌

 

蟹江敬三の闘病生活

体調の変化が訪れたのは、あまちゃんの収録終了の2013年秋頃からだったそうです。

食欲がなくなり、身体を動かすのが大変で億劫になってしまったので、かかりつけの病院を受診しました。

 

しかし、原因を特定することができませんでした。

 

 

12月にはテレビ朝日の刑事ドラマの収録をこなし、それが終わった後に、さらなる体調不良から東京女子医大で精密検査をしたところ、末期の胃癌という診断を受けました。

 

 

リンパ節にも転移しており、手術が不可能な状態になっていました。

入退院を繰り返しながら、少しでも癌を小さくするために放射線治療を行いました。

 

仕事をまたやりたいという本人の強い希望があり、医師の許可も下りたため、2014年の2月ごろから仕事を再開しました。

 

抗がん剤治療も行い、効果がでてきていました。

 

大好きな仕事をしたことによって、効果が出たのかもしれません。

ただ、仕事仲間には胃癌にかかっていて、先が長くはないことを隠し続けました。

役者をしている子供にも何もなかったような顔をしていろと忠告していたといわれています。

 

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蟹江敬三の晩年

2014年3月10日にはナレーションをしているガイアの夜明けの収録に、いつもと変わらず電車で収録現場まで行って参加をしました。

17日には病院から収録に参加し、18日には退院をしましたが、19日に再び入院することになります。

 

 

身体を動かすこともままならず、食べることもできませんでしたが、意識ははっきりしていて家族と会話をすることはできました。

 

しかし、3月30日に体調が急変し、家族にみとられて亡くなりました。

69才という若さでした。

 

 

数日後、蟹江さん本人の希望で、家族とごく親しい関係者だけで密葬が行われました。

 

 

しかし、息子だけは地方ロケのために参列をしませんでした。無理をすれば参列することはできましたが、そのようにしても蟹江さんが喜ばないと判断したようです。

 

また、2014年4月にはテレビドラマの遺作として、2013年12月に収録した刑事ドラマが放映されて、追悼のテロップが流されました。

 

2014年5月にはお別れの会が開かれ、生前親交のあった約700人が参列をしました。

胃がんは食生活やストレスなど様々な原因が考えられますが、自覚症状がなく、気が付いたら手遅れになっていることがよくあるので、定期的に検診を受けることが大切です。