松方弘樹の死因は?

闘病生活から晩年までの経過をまとめました。

浮気や借金など世間を騒がせた印象がありますが、何だかんだ最後まで愛された俳優でした。

 

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松方弘樹の経歴プロフィール

画像引用:https://www.oricon.co.jp/

 

名前:松方弘樹(本名は目黒浩樹)

生年月日:1942年7月23日

出生地:東京市王子区(現在の東京都北区)

身長:173cm

血液型:A型

妻:一人目は目黒夏子、二人目は仁科亜希子、内縁の妻は山本万里子

 

 

松方弘樹さんは、テレビドラマから映画の俳優を主戦場としていて、時には映画のプロデューサーもしていました。

デビュー前は歌手になりたくて五木ひろしさんと同じところで歌のイロハを学んでいましたが、五木さんの歌唱力を目の前に自信がなくなってしまい、父親と同じ俳優を志すようになります。17才のときに、「十七才の逆襲・暴力をぶっ潰せ」で主演デビューを果たします。

 

 

主に時代劇やヤクザ映画に出演し、役柄上重厚で怖いイメージがありましたが、1985年に始まった天才・たけしの元気が出るテレビ!!では、それまでのイメージには全くないようなお茶目な姿を見せて、以後バラエティ番組に多数出演するようになります。

 

 

また、趣味という言葉で片付けてはいけないほど、マグロを釣ることを楽しんでいました。

2008年の大会では約305kg、2009年の大会では約325kgのクロマグロを釣り上げて、非常に高い値段をつけて当時のニュースでは多数取り上げられました。

 

 

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松方弘樹の死因は?

脳リンパ腫

 

松方弘樹の闘病生活

2016年2月に、脳腫瘍の疑いがあるために同年の3月から6月まで行われる歌謡ショーを降板し、6月から行う予定だった舞台の「遠山の金さんと女ねずみ」を中止すると発表されました。

 

 

身体のしびれなどの自覚症状があり、MRI検査で脳腫瘍が見つかり、後日内視鏡で脳細胞の一部を採取して精密検査をした結果、脳リンパ腫という確定診断がなされました。

 

大きな悪性の腫瘍が脳の中に存在して、その大きさのまま手術で取り除くことは大変危険な状態でしたので、放射線治療や抗がん剤の投与によって病巣を小さくする治療を行っていきました。

 

 

病気が発症する原因が分かっていないため、そのままの状態で手術をすることは困難なようです。

しかし、治療の最中に脳梗塞を発症してしまうことがよくあり、その度に抗がん剤の投与を一時的に停止しなければならなくなり、結果的に病状が回復することはありませんでした。

 

10万人に1人が発症するという極めて珍しい病気でしたが、治療中は激しい頭痛が襲うことがなく、食欲も普通にあった時期もあったようです。

 

日常生活も困らない時期がありましたが、体力の消耗などの観点から内縁の妻の山本万里子さんとごく一部の人たちを除いては面会謝絶にして、治療を最優先にしました。

 

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 松方弘樹の晩年

松方弘樹さんは 脳梗塞を発症してからは急激に体力がなくなっていき、衰えていきました。

 

芸能界の枠を超えて、大きな魚を求めて世界中の海を旅していた梅宮辰夫さんが最後に松方さんに 会ったのは亡くなる前の年の12月でした。意識がなく、天井の方をただ顔が向いている状態だったようです。体重も約40kgまで落ちてしまいました。

そして、2017年1月に74才の若さで亡くなりました。

 

亡くなった2日後に、メディアを通して亡くなったことが発表されました。

 

 

葬儀は近親者だけで行われ、その年の6月にはお世話になった方々のためにお別れの会が開かれ、多数の芸能人が参列しました。

 

生前はお金に糸目をつけることなくおもてなしをするなど、豪快な人柄で知られていましたが、最期は本人の希望なのか静かに亡くなっていったと言われています。

 

 

晩年は、長い期間所属していた事務所との借金問題を抱えて困っていましたが、他のところからの援助を受けながらどうにか切り抜けていました。

 

病気になってからもその援助がなくなることはありませんでした。

松方さんの復帰を心から願っていたことの表れで、慕われていたことが分かります。