ムッシュかまやつの死因は?

がんや闘病生活について。

 

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ムッシュかまやつの経歴プロフィール

名前:ムッシュかまやつ(本名は釜萢 弘)

生年月日:1939年1月12日

出生地:東京府(現在の東京都)

学歴:青山学院大学中退

血液型:B型

所属事務所:ケイダッシュ

 

 

ムッシュかまやつさんは、幼少期からジャズミュージシャンの父親の影響を受け、音楽をたくさん聞いていました。

高校生の時に歌手デビューを果たして、ミッキー・カーチスさんらといっしょにロックンロールとアメリカの民謡を合わせたようなロカビリーというジャンルや歌謡曲のジャンルで人気を獲得していきます。

 

 

ザ・スパイダースには、最初はゲストボーカルとして参加しましたが、後に正式なメンバーとなり、ボーカルやリズムギターを担当することになります。ヒット曲も「あの時君は若かった」や「いつまでもどこまでも」など多数生み出しました。

 

 

1970年代にはソロでも活動するようになります。

曲によっては、スガシカオさんや平井堅さんなどがカバーをするなど年代が変わっても様々な人に受け入れられた希代のヒットメーカーです。

音楽活動がメインではありましたが、ときにテレビドラマ「時間ですよ」や映画「戦国自衛隊」などで俳優として出演することもありました。

 

特徴的な髪型で知らない人はいません。

 

 

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ムッシュかまやつのガンの種類

肝臓がん・膵臓がん

 

 

ムッシュかまやつの闘病生活

最初に身体に不調をきたしたのは2015年の秋頃です。

黄疸が出たために病院で精密検査を行ったところ、膵臓がんが発見されました。膵臓がんは5年生存率がとても低く、発見されたときにはどのように治療を行っていくか判断を悩ませる、悪性の度合が極めて高いがんです。

 

 

また、2016年の5月には肝臓がんも発見されました。

入院はせずに通院で治療を行っていましたが、8月に重度の脱水症状を発症し、病院に運ばれました。

 

 

9月には肝臓がんであると所属事務所を通じて正式に発表がありました。

同月に行われる予定だったコンサートの中止が決定しました。

 

10月には体調が少し回復して退院をすることができ、退院後は親戚である森山良子さんのお宅でお世話になって、通院で再び治療を行うことになりました。

 

自宅ではなくて森山さんのお宅でお世話になったのは、かまやつさんの奥さんも入院してがんの治療を行っていたため、森山さんが一人暮らしだったので声をかけたためです。

 

歌が大好きなかまやつさんは家でもギターを手元に常に置いていたようです。

 

行きつけのレストランもあり、森山さんに必要以上に世話になることはありませんでした。12月には堺正章さんの70才記念ライブに参加し、元気な姿を見せてくれました。

 

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ムッシュかまやつの晩年

2017年の1月に再び体調が悪くなり、入院することになりました。入院当初は変わらず食欲がありましたが、次第に食欲がなくなり衰弱していきました。

2ヶ月ほどの入院生活ののち、3月1日に膵臓がんが主な原因で亡くなりました。

 

78才でした。

 

亡くなる数日前にはがんの闘病をしていた奥様が亡くなりました。

亡くなった時本人は、意識混濁状態だったと言われています。

 

奥様が亡くなったことを知ることなく、後を追うように亡くなりました。

 

愛妻家として知られ、おしどり夫婦としても有名だっただけに後追い死と世間では報道されています。

 

亡くなるときは、苦しむことはなく、おしゃれな自分のお気に入りのニット帽を被りながら穏やかに亡くなったと言われています。

 

 

晩年はがんの療養に時間を費やしましたが、自分の好きなことを追い求める素敵な生き方でした。

人とのつながりも大切にして、周りが良かったから助けられたというように常に周りに対する感謝の言葉を口にしていました。たくさんの人から愛されたことがよく分かります。