和田光司さんが死去。

和田光司さんのがん闘病生活についてまとめました。

 

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和田光司の経歴プロフィール

 

画像引用:https://www.oricon.co.jp/news/2069843/

 

本名:和田 光司
生年月日:1974年1月29日 – 2016年4月3日
出身地:京都府福知山市
身長:175cm
血液型:B型

 

 

和田光司さんは日本人のJ-ポップシンガー、またはアニメソングシンガーとして長年に渡って活躍しました。

 

2016年に亡くなってしまいましたが、それまでも長期間に渡って病気と戦いとながら音楽活動を行っていました。

二度の活動休止を得て、それでもまだファンに音楽の素晴らしを届けるためにステージで歌い続けたことで「不死蝶のアニソンシンガー」と称された日本を代表する歌手です。

 

彼のヒット曲といえば1999年に放送スタートした人気テレビアニメ「デジモンアドベンチャー」のOP曲「Butter-Fly」です。

 

疾走感のある曲に彼の生命力溢れる声を乗せたことで大変ヒットしました。20年近く経つ現在でも番組とこの曲の人気は衰えてはいません。

カラオケショップで客に歌われるアニソン人気ランキングでは常に上位を獲得しています。

和田さんの通り名が「不死鳥」ではなく「不死蝶のアニソンシンガー」と呼ばれるゆえんはこの代表曲の存在に関係してのことです。

 

 

この曲のヒットに始まり、その後もアニメ「デジモンシリーズ」では彼が多くの主題歌を担当しています。

 

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和田光司のガンの種類

上咽頭がん

 

和田光司と癌について

1999年にデビューシングルをヒットさせ、それからも着々と楽曲を制作し、順風満帆なアーティストライフを送っているように思われましたが、2003年には上咽頭癌を患っていることが発覚しました。

 

 

この癌は難聴の症状をまでもを引き起こ可能性があり、歌手としては致命的な病気だと言えます。

当時は担当意志から「5年後の生存確率は40%」だと宣告されました。

その年の4月をもって、彼のアーティス活動は一旦終了を迎えました。

 

 

病は彼の体を蝕み、歌手の全てとも言ってよい声を失った期間がありました。彼はそれからも諦めることなく病気と向き合い、何とか声を取り戻します。

 

再び声が出るようになった彼は、2005年に活動を再開します。

 

 

それからはまた「デジモンシリーズ」の楽曲を担当し、ライブ活動も行い、以前と同じく勢力的に活動を行うようになりました。これで安心と想っていたのですが、2011年になった癌が再発したことが確認されます。そのためにまた活動休止に追い込まれることになります。でも彼はまだ負けませんでした。

 

 

二度の休止を経て、2013年に彼の音楽活動は再スタートします。

それからも彼は歌い続けました。

 

しかし、彼の頑張りでその時を遅らせることが出来ても、病気が人の命を蝕むことに完全なるストップをかけることはできませんでした。

本来なら2003年の発病から5年で死ぬとされたところを、彼は2016年まで命を延長させて歌手活動に命を捧げました。

そして2016年4月3日に彼は亡くなりました。