輪島大士の死因は咽頭がんだった!

闘病生活や晩年の様子についてまとめました。

 

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輪島大士の経歴プロフィール

画像:https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/sumou/475164/attachment/

 

名前:輪島大士(本名は輪島博)

生年月日:1948年1月11日

出生地:石川県七尾市

血液型:A型

身長:185cm

 

 

輪島大士さんは、相撲やプロレスなどで活躍したことで広く知られている人です。

 

大学在学中の1970年に花籠部屋に入門し、1月場所において初めて土俵に上がりました。

 

初土俵から1年という驚異的な速さで新入幕を果たし、1972年9月場所後に大関へ昇進します。

 

大関になってから4場所目の1973年5月場所で全勝優勝をして、場所後に第54代横綱に昇進します。

初土俵からわずか3年半で横綱になり、

引退までに歴代7位の幕内優勝回数14回という輝かしい成績を残しました。

 

 

引退後は花籠部屋を継承しましたが、自身の金銭問題などが原因となって廃業に追い込まれ、相撲から離れることになります。

 

 

1986年に全日本プロレスに入門し、ジャイアント馬場さんとタッグを組んでアメリカでデビュー戦をして、その後数多くの試合をしますが、1988年12月に突如として引退をします。

 

プロレス引退後は、離れていた大相撲の解説をする他にも、バラエティ番組に多数出演をして、幅広く活動をしていくようになります。

その出演によって、相撲の現役時代を知らない人からも広く知られるようになりました。

 

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輪島大士のガンの種類

咽頭がん

 

輪島大士の闘病生活

輪島大士さんは、2013年の秋ごろに咽頭癌にかかっていることが判明します。

咽頭癌は女性よりも男性がかかりやすい病気で、50代以降は特にかかりやすいものです。

 

 

主な原因としては、過度な飲酒やたばこであると言われています。

咽頭に常に普通以上の刺激が加わったことが原因で癌が発症します。

 

 

輪島大士さんは12月に癌の切除手術を受けて成功しますが、手術の影響によって声が出しづらくなってしまいます。

声を発するもとである声門の近くに癌ができていたためです。

 

 

療養を続けていましたが、2015年11月に、大相撲で数多くの名勝負を繰り広げた日本相撲協会前理事長の北の湖さんが、直腸癌が原因となって62歳の若さで亡くなってしまいます。

 

 

声を出すことができなくなっていたため、文書で自分はもう少し頑張るので、お疲れさまと言いたいというようなコメントを寄せました。

 

 

2016年にはマスコミの前に姿を見せました。

相撲の現役時代には130kgを超える体重がありましたが、その面影が全くなくなり、げっそりとやせ細ってしまっていて、周りを心配させました。

ただ、友達と約束して食事に行ったりしてアクティブに動いていた時もありました。

声が出ない生活は辛いものですが、家族に支えられて過ごしました。

 

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輪島大士の晩年

輪島大士さんは癌と長い間戦いましたが、2018年10月に咽頭癌や肺癌による衰弱のために、東京都内にある自宅で亡くなりました。

 

70才という若さでした。

亡くなった時は、ソファーの上でテレビを見ながら眠るように苦しまずに息を引き取ったとのことです。

 

 

金銭問題などで周りに迷惑をかけましたが、旅立つときは静かに一人で旅立つことになりました。

 

 

後日青山葬儀署で葬儀と告別式が営まれ、約300人が参列をしました。

にぎやかなことが大好きだった輪島さんだけに、霊柩車の前には「黄金の左」「金色のまわし」にちなんで金色のじゅうたんが敷かれて、クラクションが鳴らされながら、大相撲の通算673勝にちなんで金色の風船が673個空に向かって上がりました。

 

 

私生活では若い頃から有名になったためかなり派手な生活を送っていました。

 

高級車リンカーンを乗り回し、相撲の地方場所になれば高級ホテルに住むなどしていましたが、その一方で強くなるために努力を惜しまない人でした。

 

特に相撲からプロレスに移る時には、並大抵ではない努力をしたと言われています。

その豪快な人柄はだれからも愛され、人脈も豊富にありました。